2013年11月06日

南島原市・小豆島町 歴史と交流のシンポジウム 姉妹都市盟約調印式

先月10月27日(日)、サン・オリーブ オリーブホールにて、
南島原市と小豆島町の、 歴史と交流のシンポジウム 姉妹都市盟約調印式 が行われました。

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≪塩田幸雄 小豆島町長 の挨拶≫

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≪藤原米幸 南島原市長 の挨拶≫

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≪五野井隆史先生 による基調講演『小豆島とキリスト教』≫

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≪会場後方で展示されていたパネル≫


小豆島から遠く離れた長崎県の南島原市が、なぜ、姉妹都市なのか、皆様はご存知でしょうか。

長崎県の南島原市と、香川県小豆島町は、島原の乱による先人移住を縁に結ばれているのです。

歴史の教科書でも有名な、島原の乱(1937年-)により、この地域の住民はほぼ壊滅しました。

乱の後、幕府はこの地域の復興のために移民を励行し、幕命を九州の各藩、ついで幕府の天領に出されました。

そして、その頃天領であった小豆島から、たくさんの方が移ったということです。

島原藩に移住した小豆島の人々の痕跡が、現在も文書や伝聞によって確認されるのは、南串山・加津佐・口之津・南有馬・
北有馬・有家の6か所であり、それぞれの地域に10〜50軒ほどが移住したといわれています。


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≪パネルディスカッション≫
コーディネーター…五野井隆史先生(聖トマス大学大学院教授・東京大学名誉教授・文学博士)
パネリスト…高田征一 南島原市副市長/塩田幸雄 小豆島町長/原田建夫 口之津歴史民俗資料館・海の資料館館長/日向光徳 小豆島キリシタンの足跡をたどる会会長

そんな歴史的背景のなかで結ばれた、南島原市と小豆島町ですが、
新たな共通点を探ろうと、パネルディスカッションが行われました。

その大きなテーマとして、“キリシタン文化”が取り上げられました。

長崎県のキリシタン文化は有名で、南蛮船が入港していた歴史もあり、キリシタン信者がとても多かった土地です。

また、小豆島でも実は、1586年、ヨーロッパから来たグレゴリオ・デ・セスペデス神父によってキリスト教が布教され、
1か月で1400人ものキリシタンが誕生し、禁教令後も隠れキリシタンとして信仰が続いたという歴史が存在します。
また、あまり知られていませんが、戦国時代のキリシタン大名・高山右近が潜伏していた土地でもあります。

それぞれの地域に残る文化や歴史建造物の説明と考察が行われ、新たな発見のあったパネルディスカッションでした。


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≪姉妹都市盟約調印≫

そしてその後、調印式が行われました。

昭和58年に、内海町と南有馬町が姉妹都市の盟約調印をおこない、その後、合併によって小豆島町(旧内海町)と南島原市(旧南有馬町)となりましたが、30年が経過した今、もう一度、姉妹都市交流の継続を確認し、今後へつなげていくためです。

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≪市旗町旗の交換≫

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≪姉妹都市盟約を交わす調印者≫

最後に、出席者の方々が熱い想いを述べられました。

「このふたつの都市は、日本の将来で重要な役割を担う都市だと思う。」

「演劇やスポーツ、芸術など、子どもたちを繋げるものがあれば良い。」

「お互いが交流することによって、協力し、調査し、研究し、検証し、発展していくことを願っている。」

「連続した関係性が必要で、これからも時間をかけ、じっくりと歩みを確認していきたい。」

今後の南島原市と小豆島町の展開が、とても楽しみです。










posted by 豆子 at 17:00| まめ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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